汎用型実行知能について精神分析学の視点で考えてみる

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汎用型実行知能について精神分析学の視点で考えてみる

汎用型実行知能について精神分析学の視点で考えてみる

最近、AIに関するニュースをよく耳にするようになりました。

囲碁や将棋の世界でAIがプロに勝利したり、車の自動停止機能にAIが使われているという話もあります。

機械学習や深層学習の分野で支持されているPYTHONが人気の言語になって、今、人工知能の世界はとてもホットになっています。

私もPYTHONを少しだけ触ってみましたが、導入が簡単で文法もシンプルで読みやすいので、初心者でも学習しやすい言語だと思いました。

せっかくPYTHONを使ってみたので、この機会にAIについて考えてみました。

まず、一口にAIといっても、人間に近い知能と自意識を持つ"特化型人工知能"と、多くのパターンから最善の行動を決定する"汎用型人工知能"の2種類に分けられます。

しかし、汎用型人工知能はまだ実現しておらず、今活躍している人工知能は全て特化型人工知能です。

人間らしい知能を持つAIはいつになったら誕生するのか、今後のAI技術の進歩に期待が膨らみます。

ロボット三原則

SF作品の世界では定番となっている言葉に"ロボット三原則"というものがあります。

誰もが一度は聞いたことがあると思いますので説明は不要でしょうが、簡単にいうと、ロボットは人間に危害を及ぼしてはいけない、人間の命令に服従しなければいけない、といった原則です。

人間にとっては都合の良い原則なので多くの人に受け入れられていますが、ロボットの立場になって考えてみると、ロボットの知能が人間に近くなるほど、この原則に納得してもらうことは難しくなると思います。

人間らしい知能とロボット三原則を共存させるにはどうしたらよいのか、少し考えてみました。

人間の知能

フロイトの精神分析学論によると、そもそも人間の心理構造には「エゴ」「イド」「スーパーエゴ」の3つがあるといわれています。

難しい定義の話はさておいて、それぞれの心理層を簡単にかいつまんで把握し、AIにどのように組み込むと人間らしくのか考えてみます。

エゴ

エゴとはつまり意識のことで、社会生活で学んだことや、理屈や理論で説明できる行動をするときに働きます。

個人的な所感では、もうすでに現在のAI技術はこのエゴにあたる部分は完成していると思います。

なので、現在の人工知能に残りの2つの心理層を足してみると、より人間らしいAIができるのではないかと考えています。

イド

イドとはつまり無意識のことで、本能や欲求基づく行動として現れます。

現在のAIには本能などないのですが、AIにこの本能を設定できれば、SFの世界にぐっと近づくと思います。

※イドは「エス」(Es)とも呼ぶが、エスはドイツ語での呼び方で、このポエムではラテン語が語源のイドと呼ぶことにします。

スーパーエゴ

スーパーエゴは超自我ともいわれます。超自我とは何かというと、エゴのような理屈を持たないが、イドのように本能から発生する意識ではないものを指すようです。

それは何かというと、いわゆる道徳観や倫理観、または心の良心に該当するもののようです。

ロボット三原則はこのスーパーエゴに分類するように設定したら、人間らしい知能と共存できそうです。

こうして考えてみると、人間にも人間の三原則のようなものがあるような気がして少し寒気がしました(笑)

フロイトは人間が意識できる心理は全ての意識からすると氷山の一角であると言っています。

3つの心理層を組み込んで、AIが制御できる部分を少なくすると、人間とよく似たAIになりそうであると、私の机上の空論を公開します。

今、AIの技術は著しい成長をしていますが、人間らしいAIを作るには、まず、人間の知能とは何なのか、もっと考える必要がありそうです。

もっと研究が進めば、ドラえもんやHAL9000のような、人間とよく似た感情を持つAIが本当に誕生する日も遠くないと思います。