最後の1日に「緩くて強い絆」を考える

Uni_Blog

最後の1日というと・・・


最近では「世界寿命と最後の一日」とか

「今日が人生最後の日だと思って生きなさい」とか

”影響力のある10人が「人生最後の日」と本気で向き合ってみた。”ってページも見つけました。

申し訳ないくらいそんな大した話じゃないのですが・・・。
本日30+n歳最後の日なのです。つまり明日は30+n+1歳になっています。
誕生日が嬉しいのか?というとそういうことではなく、感慨深い日なのです。

約1周りずつ違う同じ誕生日の三人


7-8年ほど前オープンしたある店にちょいちょい通っていた頃の話です。
なんでそんな話になったのかさっぱり覚えていません。
カウンターでぼっち飲みを楽しむオジサンたちと誕生日の話になりました。
なんとびっくり、同じ誕生日の常連オジサンが2人もいるじゃありませんか。
騙されていると思い、免許証を見せ合いました。(よく考えれば騙していいことなんかちっともないんですけどね。)

それからというもの、お互いにパートナーができ、色々、本当に色々ありましたが
毎年我々同じ誕生日(そして同じ血液型)の3人とそのパートナー、当時の常連さんたちと集まり祝う、というのが習慣となっております。

先日、片方のオジサンのオクサマが「2人で祝うとか面倒くさいからまとめて祝っちゃおうよ」と私のパートナーに持ち掛けているのを聞き、何ということだ!と憤りを感じたのは内緒です。

出会いのはじまりは、本。

20代後半、自分のキャリアについて悩んだことがありました。

その頃出会ったのが入山章栄教授の「世界の経営学者はいま何を考えているのか――知られざるビジネスの知のフロンティア」

511b7qaSswL._SX317_BO1,204,203,200_.jpg

ネタバレは控えますが、とにかく刺激を受けたのです。
私が早稲田のビジネススクールに通うきっかけになったのは言うまでもありません。が、それは数年後の話。

  • お金ない
  • 人脈ない
  • 社交的じゃない

ないない尽くしの今の自分にできることって何だろう?って思ったら、とりあえず人に会いまくって知見を増やすことだな、と安易に思いついたのです。

まぁ大したことはやってません。

  • 社外の人からの飲み会は断らない(ほぼ断ってないはず)
  • 一人で飲みに行ってとりあえず知らない誰かと話をする(結構やった。もちろん店は選ぶ)
  • いいと思ったお店は常連になって可愛がってもらう(なんでかわいがってもらえると思ったのか・・・根拠なさすぎの自信)
  • 自分の強みを作る(ベンチャー一人人事っていうのと、アフリカ、美術と音楽(これは道半ば・・・))

大したことないっていうか・・・飲んでばっかやん!!
その通り。
でも、そこそこ投資もしました。
もちろん「あー、損した」ってこともありますが、いいこともたくさんありました。

もしかしたら今だと違う選択肢もあるかもしれませんね。
サロンとか?某サロンとか?うーん、サロン・・・

でも不思議なんですけど、アイデアが欲しい時に「あ、あれはこの人に相談してみよう」とか

何か別のところで出会う人が、別のところで出会った誰かとつながることが本当に増えてきました。
それはここ2-3年くらいの話です。

あの頃、入山先生の著書に刺激されて築きたかったもの、得たかったものがやっと少しずつ形が見え始めたところです。
10年はかかっていませんが、結構地道、時間、かかりますね。

学生と社会人・・・それぞれの友人の違いって?!

私が思うにそれは情報の「量」と「密度」じゃないでしょうか?

幼馴染や学生時代の友人と会うと、共通の昔話に花を咲かせませんか?
それが繰り返されることで更にその昔話への愛着や友人との関係をより強固にする、まさに「密度」の話です。

社会人になってからは割と常に新しい話題をしている気がします。
会社や仕事の話、避けられない人間関係の話や、お金の話、それぞれ深堀することもあるのですが、
やっぱりこちらは「量」ですね。

この「量」が友人、知人、同僚、(研修やセミナーや諸々)すれ違っただけの人との間で繰り広げられると弱いつながりが生まれてくる。
入山先生の仰る「弱いつながりの強さ」が生まれるのだと思います。
※弱いつながりでイノベーションが生まれる、というお話です。興味がある方は色々調べてください。


新たに知り合う人たちの中で、年齢を重ねただけでは説明がつかない圧倒的な「量」を持っている人がいます。
そういう人に出会うと受ける刺激はたまりません。
自分の中で使われていない脳の部分がびびびーっと刺激される感じです。

NOT Innovation,BUT my place


まぁ残念ながら10月19日生まれチームはイノベーションも起こさず、ただただ飲んだくれているだけではありますが
泣いたり、笑ったり、まるで昭和のドラマのようなことが繰り広げられています。

会社でも、プライベートでも、いろんな顔があり、いろんな立場があり、いろんな自分がいる。
自分を知ること、相手を知ること、そして受け入れること。
「量」を武器に戦える場所もある。「密度」が武器になることもある。

でも疲れたときに休む「自分の居場所」、必要ですよね?
自分の居場所は一つじゃない。と私は考えています。
「量」を増やして行く中で、「濃」が出てくるところがあります。そこ、もう自分の居場所になってます。

だから、毎年最後のこの1日に、居場所を作ってくれた人たちに毎年感謝を思い出す。そういう「最後の1日」。

みなさん、自分の居場所ってどこですか?
自分の居場所に感謝してますか??


さて、明日私は30+n+1歳になります。
あの頃の私がイメージしていた30+n+1歳とはかなり違いはありますが、まぁいいでしょう。